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映画『聖の青春』をより楽しむ為に見てほしいブログ記事の紹介

趣味 将棋 映画

今年は「シン・ゴジラ」や「君の名は」など話題の邦画が多かったと思います。僕も実際に劇場で見ましたが、ブログや口コミサイトで高く評価されているだけあってどれも面白い映画でした。

 

そんな話題作の多い、2016年の邦画の中で僕が最も楽しみにしていた作品『聖(さとし)の青春』を先日、鑑賞してきました。

 

村山聖と言う将棋棋士を題材にしたノンフィクション小説を実写映画化した作品で、将棋ファンでなくとも楽しめる作品になっています。

特に対局シーンは圧巻で、実際のタイトル戦さながらの真剣勝負の緊迫した空気が伝わってきました。

 

ただ、将棋ファンならあれっ?と思うところがあったのも事実です。その点についてはこの記事に詳しく書かれているので読んでみてください。

www.akisane.com

 

もちろん原作の全てを時間など多くの制約がある映画の中で伝えるのは難しいですし、その他、様々な事情があったことは想像できます。

確かにこの改変はちょっと…と感じたシーンもありました。不満な点が無かったというと嘘になりますが、一つの映画として見た時に将棋に興味が無い人にもオススメ出来る作品だと僕は思っています。

 

ただ、将棋についてあまり詳しくない人がこの映画だけを見て終わってしまうのはもったいないと思います。

 

そこで今回はあまり将棋に詳しくないけど、村山聖についてもっと知りたいと思った方に読んでほしいブログ記事を将棋ペンクラブログ からいくつか紹介したいと思います。

 

ただ、多少ネタバレになる部分もあるので映画を見る前に読む場合は注意してください。(個人的にはここで紹介するエピソードなどを知ってから映画を見ることをオススメしますが)

 

そして何より原作を読んで欲しいと思います。映画と直接比較することは出来ませんが、将棋に興味がない人にも本当にオススメ出来る素晴らしい作品です。

 

 

 

村山聖八段(当時)の急逝が将棋連盟に伝えられた日 将棋ペンクラブブログより

村山聖八段(当時)の急逝が将棋連盟に伝えられた日 | 将棋ペンクラブログ

 

村山八段(当時)死去の知らせを知らされた郷田王将、佐藤(康光)九段、羽生三冠それぞれの心模様について書かれています。特に郷田王将は村山九段と仲が良く、酒を飲んだり麻雀を打つことも多かったようです。

 

実際にその日に行われた羽生-郷田戦では互いに終盤で不可解な手が多かったというところからも二人のショックが大きかったことが伺えます。

 

そして、竜王・名人を含むタイトルを13期獲得し、永世棋聖の資格も保有しているトップ棋士である佐藤九段の「村山君には一度も本気を出してもらったことなかったよ」と言う一言から、村山がいかに羽生を特別視していたかがわかります。

 

このあたりのエピソードについてはこちらの記事が詳しいです。

佐藤康光名人(当時)「私の将棋は全面的に彼に認められていなかったと思う」 | 将棋ペンクラブログ

 

ちなみに映画の中であった、村山九段が車の中で吐いてしまうシーンは佐藤の購入したばかりの外車に村山九段が吐いたところから来ています(笑)

 

 

そして最後は羽生三冠と村山九段の関係がわかるエピソードについて。

 

昼前に羽生が弔問に訪れたという。昨夜帰宅したのは午前0時過ぎだ。すでに密葬も終わり、いつ行っても状況は変わらない。そこを朝一番の飛行機で挨拶に行ったのだ。村山の自宅は東京から急いでも5時間以上かかる。羽生はその翌日にも対局があったが、それでも行った。すぐ弔問に行かなかった棋士が不義理をしたのではない。羽生の意志の強さが若手の中でも抜きん出ているだけだ。

 

羽生三冠の意志の強さと村山九段との関係の良さが見えてきます。ちなみに村山九段が亡くなってからも羽生は毎年、村山の実家に年賀状を送っているというエピソードは有名です。

 

 

先崎学六段(当時)「彼が死ぬと思うから俺は書くんだ」

将棋世界1998年10月号、先崎学六段(当時)の村山聖九段追悼文より。

先崎学六段(当時)「彼が死ぬと思うから俺は書くんだ」 | 将棋ペンクラブログ

 

村山九段について語る時に先崎九段のこの追悼文の存在を無視することは出来ません。この追悼文の中から幾つものエピソードが映画で登場します。映画の中では荒崎という名前で登場していました。

 

二度ほど急性アルコール中毒で運ばれ、麻雀を打ち、また酒を飲んでは人生や恋について語る…こうして書くとまるで村山九段がちょっとダメな人のように見えてしまう人もいるかもしれません。確かに模範的な優等生タイプでは無いのかもしれませんし、もっと節制していれば身体の調子も違ったのかもしれません。

 

でも文中にあるように「普通の青年」がする事をしたい「俗人としての欲望」ここに村山九段の魅力があるのだと僕は思っています。

 

「死ぬまでに女を抱いてみたい…」映画の中でもあったこのセリフ(劇中では羽生三冠と食堂で語り合うシーンでしたが実際は先崎九段との会話です)

この男なら誰もが思う当たり前の気持ちがこもった一言に人間味に溢れた魅力を僕は感じるのです。

 

羽生三冠のように将棋が強いだけでなく、インタビューなどに対する常に模範的な受け答え、態度(将棋界の第一人者としてそうあることが求められている面も大きいとは思いますが)である完璧に近い天才とはまた違った魅力があるのが村山九段と言う棋士です。

 

そしてこの追悼文の中で書かれている

本誌の大崎編集長と三人で飲んで世界普及のために若手棋士が金を出し合おうと冗談をいうと、次の日にいきなり百万円を用意してきて周りを慌てさせたこともあった。

からは村山九段の真っ直ぐな性格と優しさが伝わってきます。

 

 

羽生善治四冠(当時)「彼は本物の将棋指しだった」

将棋世界1998年10月号、羽生善治四冠の村山聖九段追悼文「突然の訃報」より。

羽生善治四冠「彼は本物の将棋指しだった」 | 将棋ペンクラブログ

 

以下は原作聖の青春からの引用

偶然、大阪で羽生と会った村山が羽生を食事に誘います。

いつか羽生と村山がばったりと大阪の将棋会館の近くで出会ったことがあった。

「食事にいきませんか」と村山は好きな女の子をデートに誘うようにおずおずと申し出た。

「ああ。いいですよ。いきましょう」と羽生は快活に答えた。

「あの。僕がご馳走しますんで、僕の好きな店でもいいですか?」と村山。

「はい、はい」と羽生。

そして、村山は羽生を福島食堂へと連れていったのだった。

「ここで、僕はいつも食事するんです。羽生さんはたぶんおいしいものは飽きるほど食べているでしょうから」

 うらぶれた定食屋で羽生と村山は向かいあって焼き魚をつついた。

 いつも自分が食べているものを羽生に食べさせるということは村山にとって、最高のご馳走だったのかもしれない。羽生もうまそうに定食に箸を運ぶのだった。

 それから、村山は将棋の話や好きな本の話、映画の話などを楽しそうに羽生に聞かせた。羽生も村山のジョークにけらけらと笑い転げた。二人にとって、それは夢のような楽しいひとときだった。

 

互いに実力を認め合うライバルであり、友人でもある。そんな二人の関係が見て取れます。

 

最初に村山九段と会った時の印象を語る羽生三冠

 

 

 

郷田真隆棋聖(当時)「それよりも何よりも一人の人間として、私はムラヤマヒジリが好きでした」

将棋世界1998年10月号、郷田真隆棋聖(当時)の村山聖九段追悼文「村山君との思い出」より。

郷田真隆棋聖(当時)「それよりも何よりも一人の人間として、私はムラヤマヒジリが好きでした」 | 将棋ペンクラブログ

 

 

対局が終わるまで村山九段が郷田王将を待っていたり、反対に郷田王将が早朝に村山九段を呼び出し麻雀を打っていたというエピソードからも二人の仲の良さが伝わってきます。

ちなみに追悼文のタイトルにある通り、郷田王将は親しみを込めて「サトシ」では無く「ヒジリ」と呼んでいたようです。

 

聖の青春の公式ホームページの著名人からのコメントの中に郷田王将からのコメントがありますので読んでみてください。

コメント|映画『聖の青春』2016年秋全国ロードショー

 

郷田王将が村山九段との関係を語る動画を紹介します。

 

 

 

森信雄六段(当時)「村山君よ、安らかに」

将棋世界1998年10月号、森信雄六段(当時)の村山聖九段追悼文「村山君よ、安らかに」より。

森信雄六段(当時)「村山君よ、安らかに」 | 将棋ペンクラブログ

 

最後は、この人がいなければ棋士・村山聖は存在しなかったと言っても過言ではない村山九段の師匠である森信雄七段から。

森信雄七段自体、将棋棋士としての実績はここで紹介した棋士のように無いのですが、弟子が多く、人望が厚いことで知られています。

村山九段にとってどれだけ師匠の存在が大きかったのか、これを読めばわかると思います。

 

幼いころよりネフローゼの症状に苦しみながらも名人になることを目標にプロ棋士となり、A級順位戦まで上り詰めるも2期でB級1組に降級。

その後、ガンの手術の乗り越え、悲願の名人位に向け順位戦A級に1期で復帰。

しかし、これからという時に癌の再発・転移により1年間の休場を発表。その後、広島の病院で「2七銀…」の言葉を最後に29歳でA級在籍のまま逝去。

 

タイトル戦登場は1回で獲得は無し。棋戦優勝は2回。棋士としての実績では村山九段以上の棋士は数多くいます。目標だった名人位へ向けてこれからという時にさぞ無念だったと思います。

しかし、その壮絶な「生き方」は棋士、村山九段が残した実績、棋譜以上に多くの人の心を動かし、語り継がれて行くでしょう。

 

将棋に掛ける熱意、勝負への執念、そして、多くの人に愛される純粋で人間味に溢れる村山聖と言う棋士の魅力に触れられる、この映画を多くの人に見てほしいと思います。

 

そして、この映画を通じて少しでも将棋に興味を持ち、その深さ、面白さに触れる人が増えてくれたらいいなと一人の将棋ファンとして願っています。

 

棋士の冠位、段位は記事更新日時点のものになります。

2016年11月27日 最終更新