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米長邦雄という天才棋士の存在をみんなに知らせたい 次の1手問題あり

エッセイ

 

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将棋棋士のイメージは?と言う質問をしたら多くの人は”真面目そう”とか固い感じ”と答えるのではないだろうか?確かに羽生善治三冠(記事執筆時)を代表とする羽生世代と呼ばれる世代以降は盤上の勝負にこだわる棋士が多いように感じるが、それ以前の時代の棋士は盤外戦は当たり前、喧嘩も当たり前。個性的な棋士が多かったと思う。

 

その中でもぼくが好きな将棋棋士に”米長永世棋聖”という方がいる。2012年、69歳の時に前立腺がんで亡くなっているが、天才が集まる将棋棋士の中でも天才でありとても面白く、多くの伝説を残している。

 

今回はそんな米長永世棋聖について書いていきたいと思う。

 

 

 

将棋の天才

米長永世棋聖のタイトル獲得数19期は歴代5位。内訳は名人1期、十段(今の竜王)2期、王位1期、棋王5期、棋聖7期、王位3期で永世棋聖の称号を獲得している。

特に中・終盤の捻り合いで力を発揮する棋風で、劣勢になると自陣に駒を打ち局面を複雑にすることで手数を稼いだり、駒を拾って相手玉に詰めををかける技術に優れ、その棋風は『泥沼流』と呼ばれた(本人はあまり気に入ってなく「さわやか流」がお気に入りだったとか)

その象徴と言えるのが『米長玉』と呼ばれる香の上に玉を早逃げしてしまう手である。

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このような形。特に銀冠だと端攻めに対しても防御力があるので優秀と言える。玉の固さを重視し、自玉を”Z”*1にして攻める現代将棋の考え方に大きな影響を与えたとされる。

 

*1 Z、ゼット=自玉が絶対詰まない形

 

序盤が下手という風に言われていた時期もあったようだが、それは中・終盤に秀でていたからであって、米長流急戦矢倉を初めに、対振り飛車玉頭位取り、鷲宮定跡などの整備など定跡の発展に貢献している。

実際に羽生善治三冠からも「序盤から息を抜けず、緊張感を強いられる序盤巧者」と評されており、序盤・中盤・終盤と隙のない棋風であると言える。

 

 

史上最年長名人奪取・失冠の記録保持者

数多くのタイトルを手にしてきた米長永世棋聖だが、将棋界最高峰のタイトルである名人位に6度挑戦するも奪取することが出来なかった。

その後、第51期名人戦七番勝負の舞台へ戻ってくる。中原誠十六世名人との番勝負を4勝0敗で制し、念願の名人位を獲得。49歳11ヶ月での奪取、50歳での在位は史上最年長記録。

この時の名人戦の前には若手の研究会に参加し、後輩棋士を先生と呼び若手の序盤研究を積極的に取り入れるなどした。

翌年、A級順位戦初参戦の羽生善治三冠(当時)に4勝2敗で敗れ失冠。50歳11ヶ月での名人位失冠も最年長記録。

 

 

 

時代を読む天才

プロ棋戦から引退後、将棋連盟会長に就任しインターネットと将棋の結びつきを強くする。その1つとしてドワンゴと提携してニコニコ生放送で各棋戦を放送し、新たな将棋ファンの獲得に尽力する。

また、コンピューター将棋ソフトとプロ棋士の対局、『電王戦』を自らが対局者となり主催。その後も注目を集めるイベントとなる。電王戦の是非については、ファンの間でも賛否が別れるところだが、将棋の面白さを一般の人にも多く知ってもらうきっかけになる。

自らもTwitterやブログなどで情報を発信し、将棋連盟会長とは思えない?

 ツイートで人気だった。

このように保守的だった将棋界へ新しいものをどんどん取り込み改革していった。若手の研究を積極的に取り入れ、最年長で名人位を獲得した、柔軟な発想が将棋連盟会長としても発揮される。

 

 

 

自他共に認める性豪

米長永世棋聖は棋士の中でも性豪で有名だった。65歳で前立腺がんを宣告され、その後の治療により回復し自らのブログで『セックスできました!!』と報告。

また、名人戦で3連敗し、本来の自分を取り戻すと今まで感じたことが無いという32歳の女性を4時間半かけてイかせることに成功。次の対局では会心の将棋を指し完勝。

そのことから、前立腺がんの手術でも全摘出を拒否し、結果として転移に繋がったと言われている。

この辺りについては次の米長伝説で詳しく書こうと思う。

 

 

 

米長邦雄伝説

米長永世棋聖は将棋以外にも多くの伝説を残しているので、その一部を紹介。多少盛られたところもあるかもしれないが、それだけ凄い人だったと言うことだろう…

 

  • 名人位を獲得後、妻に電話。「帰ったらオマンコしよう!!」
  • 新宿のボッタクリバーにわかっていながら入店。翌日も何食わぬ顔で来店しスペシャルサービスを受ける
  • 瀬戸内寂聴と対談で「最後にセックスしたのはいつ?」
  • 「まんこ知新」「正常位よ永遠なれ」という本を出版しようとして編集者に止められる
  • 王将をフルセットの激戦を制して奪取。打ち上げで「めったに他人には見せないんですけど」と弟子の先崎学と歓喜の裸踊りを敢行。目撃者は「裸踊りで勃起させている人は初めて見た」と証言する。
  • 雑誌のプレゼントで「TOTOが あたたまるころ 尻をふき」と書いた色紙
  • A級順位戦で負け、「悔しい!」と叫びながら将棋会館の4階から放尿しようとするも、心ある棋士たちの身体を張った制止により未遂に終わる
  • 悲願千人斬りという目標を立て380人までノートに記録するも500人辺りで終わる。もっと若いうちから千人斬りの目標を立てるべきだったと反省
  • 「男四十、鳥取砂丘に立つ」と題して週刊誌に全裸写真を掲載
  • タイトル戦の打ち上げで、お酌に来た芸者に、「これが金一封です」と下半身の金を見せる
  • 将棋連盟の役員一覧のページでダブルピース

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米長邦雄 名言集

最後に米長永世棋聖の名言をいくつか紹介

  • スランプへの対処法として、最も上策、極意とも言えるやり方は、『笑いである』
  • 15歳の時に鉄拳と共に「破門だ!」と宣告する師匠に向かって『私のような男を破門すれば、恥をかくのは先生ですよ』
  • 時代は移り変わります。PCを駆使する新人と、鉛筆なめなめ原稿書いてきた古参の記者ではスピード感がまるで違います。そこは新しいことを取り入れて変化しなくてはなりません。
  • 「若者に教えを請う」と言っても、世の中ギブ&テイクですから、ただ飛び込むだけでは無理があります。若者だって尊大な年寄りが自分たちの中に割って入ってきたのでは嫌がるばかりです。「一緒に研究をする」という謙虚な気持ちと情熱がなければ、若者は去っていきます。これは男と女だって同じことです。尊大な男は嫌がられますが、謙虚さがあって、なおかつ堂々としている男は大いにモテるのです(笑)。
  • 新築の家を建てたとしても、ピカピカの家に住む喜びに浸れる期間には限りがあります。30年も経てばもうあちこちガタがきているし水漏れもします。知識や経験とはこのようなもので、身につけたときは得意に思っても、いつかはカビが生えて使い物にならなくなります。古くなった家屋を目の前にして、すべきことはたったひとつ、改築するしかありません。必要なのは、新たな改築プラン。つまり若さなのです。
  • これまで勝利してきた得意な手が、どうにも通用しなくなる。要するに時代遅れになっているわけです。どんどん出てくる若手の棋士はピストルの弾丸のようなものです。そこで自分のやり方に固執する、かつての勝者の末路は哀れです。頭でわかっていても行動できない。自分の思い込みや心理状況を冷静に分析することが必要です。
  • 真剣な時間があれば、その反動として遊び呆けるときが必要である。遊びは仕事の影である。
  • 私腹を肥やす時が至福の時
  • イチローは早い。チローは遅い
  • 「手八丁、口八丁」手と口があればエッチはできる
  • 俺以上に女を喜ばせられる男がどこにいる?
  • 「相手を誘惑するコツはあるんでしょうか」「YOUをワクワクさせることだね」
  • 『『させてくれ』と女にお願いしているうちは半人前である。鍛練して『してください』と頼まれるようにならなければいけない。なおかつ、そのお願いに充分に応えられなくてはならない』

ちなみに有名な「兄は頭が悪いから東大に行った。自分は頭が良いから将棋指しになった」という発言、実際は米長永世棋聖のものでは無いが、実際に3人の兄が東大卒である米長が「まあいいか」と特に否定もしなかったために広まったとか。

これに対して米長の兄は「あんな弟の兄、馬鹿でなければ務まらない」と返している。

因みに兄弟もアマチュアで強豪の将棋指しで、1人は小学生名人戦で優勝までしている。

 

 

 米長永世棋聖のオススメ書籍

 

 

 

 

次の1手問題

最後に将棋関連の記事を書く時に必ず出す、次の1手問題を自身の対局から。検討はしていますが、アマチュアの趣味レベルなので答えが最善で無い可能性が多分にあります…

 

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わかりやすいように先後逆にしています。

劣勢が続き、もうダメだなと思いながら指していた終盤戦。相手の51角打が緩手。ここで上手い手があり逆転することが出来ました。多分、この1手以外は先手の優勢が続きます。